プロフィール
みわろうさん/1987年生まれ
2021年10月:第一子、稽留流産
2022年6月25日:第二子、妊娠25週5日で299gの男の子誕生、2022年8月9日 生後45日、敗血症で死別
インタビュー時:死別から1年6ヶ月
#超低出生体重児 #子宮内胎児発育不全 #早産児 #NICU
体重299gで生まれたわが子。順調に成長していたにも関わらず、突然の出来事でした。
妊娠5ヶ月を迎え、安定期に入るまでマイナートラブルなく妊娠生活を過ごしていました。その後の妊婦健診で数数の割にかなり小さいと指摘を受け、胎児発育遅延が判明。大学病院へ転院し、週に一度経過を見たいとのことで通院していました。妊娠25週5日の妊婦健診時、胎児の心拍が弱くなりそのまま緊急帝王切開をし、息子を出産しました。出産時は、産んであげればきっと大きく成長してくれると思っていましたが、体重299gのわが子はとても小さく、NICUに入院しているどの赤ちゃんよりもひと回りも、ふた回りも小さくて不安でした。無事に明日を迎えられるか・・。元気に育ってほしい、そう願う毎日でした。NICUに入院して1ヶ月経たないころに、排便がうまくいかず人工肛門をつける手術をしました。術後の経過も順調で医師の説明では、「それ以外の頭や肺などの機能は良好で、このまま大きくなれば安心と」いわれた矢先のことでした。炎症の数値が急に上がり敗血症となり、その数日後に息を引き取りました。本当に突然の出来事でした。担当医からは「手術したけれど、便がなかなかでなかったことによるお腹の炎症ではないか」と説明を受けました。解剖は出す勇気がなく、はっきりとした原因は調べられていません。また、甲状腺ホルモンや不育症の検査結果も特に問題なく、今回の胎児発育不全の原因は分からないと説明を受け、私自身に原因があったわけではないと分かったことは安心できましたが、やはり息子を小さな体で産んでしまったことにモヤモヤしています。
最期は、家族みんなで穏やかな時間が流れていました
ある朝、主治医から「息子が朝感染の数値がたかいこと、危険だと言うこと」の電話が入り、すぐ私と夫でNICUに向かいました。NICUに到着すると主治医から息子の今おかれている状態を聞きました。 とても危険だと言うこと、危ないということ。 そのあとすぐ、看護師が個室を用意してくれ、私と夫で息子に声をかけ続けました。 しばらくして、感染の数値が下がらず、危険な状態が続き、主治医から再度説明があり、「ご家族をよんでください」ということで 両親を呼びました。 直ぐにお互いの家族がきてくれて 初めて息子に会わせることができました。 それから穏やかな時間をすごし、しばらくして両親は帰宅し、私と夫、息子と3人の時間を過ごしました。
医師は「血液検査の炎症反応の数値が高く、治療がとても難しい状態です。もし心拍数が60回/分になってきたら心臓マッサージを行えますが、このお体だと心拍が戻るかもわかりません」と説明をしてもらった後に、私たち夫婦は「最期は抱っこしてあげよう」と決めました。その後は、看護師の配慮により心電図、呼吸器のアラーム音を消してくれたり、私たちの目に入らないような配慮をしてくれていました。家族みんなで息子を囲って過ごす時間は、とても穏やかでした。担当してくださった医師は息子の容態を随時説明してくれていましたし、NICUの看護師たちも、息子が生まれてから、そして今もずっと私たち家族に寄り添って、本当に支えてくれている存在です。
NICUの医師と看護師の対応に感謝しています
NICUがある大学病院でした。看護師の方々も励ましてくださりとても親身になってくださいました。コロナ禍だったので面会も難しい中、担当医、NICUの看護師さんたちが配慮してくれ、息子と会わせてくれてました。 息子のことをとても可愛がってくださり、小さな成長を一緒に喜んでくださりとてもうれしかったです。息子が亡くなった日、沢山のスタッフの方々息子にお別れを伝えに会いにきてくれました。息子に小さな可愛いお帽子と産着をくださり、初めて息子を自分が預けていた母乳を解凍してくださり、その母乳をいっぱいためた洗面器に息子を主人と初めて沐浴させてあげて、オムツを取り替えて、お洋服を着せてあげれました。すごくすごく悲しかったけど、息子に産まれて初めて親としてしてあげたいことができて嬉しかったです。
息子と過ごした時間は濃くて1日の大切さを感じました。今は、元気な日もあれば、寂しくなる日もあって、その繰り返しです。
息子を見送ってからは、とにかくただひたすら泣きました。息子ちゃんがいない日がまだ夢のようで、なんで(いないの、お空へ帰ってしまったの、早産で産んでしまったの・・など)、どうしてばっかりの答えの無い自問自答に、苦しくなって、消えてしまいたい。なにを生きがえに生きればいいのか、出口のないトンネルから抜け出せない、そんな毎日でした。息子がいない生活は、生き地獄のような苦しさ、悲しさ、その重すぎる悲しみに耐えきれなく、その先の日々を過ごせる自信もありませんでした。
亡くなった日を命日として、毎月月命日にはケーキを準備したりとお祝いする時間を作りました。月命日を迎えるたびに、「もう3ヶ月過ぎたのか」「もう5ヶ月過ぎたのか」と息子がNICUに入院している時の濃くて1日を過ごすのがやっとだった日と比べると、息子がいなくなってからの毎日は、早く過ぎてしまう感覚がまた悲しくて。日が経つにつれて息子と過ごした時間の記憶が薄れてしまう感覚に対する恐怖、意識が息子以外のところに向いてしまった時の自己嫌悪を感じます。元気な日もあれば、もう消えたいぐらい寂しくなるときもありました。
夫婦の温度差
息子を見送ってから、夫婦間の温度差を感じるようになりました。
私は、一緒になって泣きたいし、息子のことを想ってこれからのわずかな希望を語り合いたい・・。私が「会いたいな〜」と言ったら「会いたいね」って言葉を返して欲しかったんです。でも、夫は、「俺まで(気分が)おちていたら生活できないだろう(仕事場にこの気持ちをもって行ったら、仕事が手につかない)」とか、「ママが泣いていたら〇〇が悲しむよ」など、そういう風に思えば気持ちが楽になるよと言うような、解決策みたいな声かけをしてくれていて。そうとは分かってはいるんだけれど、私は、ただ共感してくれるだけで気持ちが落ちつくのにというような、温度差でした。きっと、夫は元気に、笑っている私を早く見たかった、かける言葉もなくて困っていたのかなと思いました。夫は夫で悲しいと思うし、それでも仕事を頑張ってくれていると思ったら、感謝しないとならないなと思うように。
同じ境遇の天使ママからの支え、そして支えになりたい
同級生の赤ちゃん・道端などで会う赤ちゃんでさえも見てしまうと気持ちが落ち込み、外出など人目を避ける生活が続きました。日々を耐え抜いていた、そんな感覚でした。私が住む地域には子どもを亡くした親が集まる会のようなセルフヘルプグループがありません。そんな時、SNSを通じて同じ境遇の天使ママの方々の投稿やブログを拝見すると、ひとりじゃないんだという気持ちになれました。そして、私も同じ境遇の方々の力になりたいと言う気持ちが湧いてきて、自分の特技を活かしてオーダーメイドの似顔絵、ペイントベビーシューズ、天使のバースボードなどを作るようになりました。
今の私を支えてくれているのは
息子が入院中、義理の母と実母は毎日息子のために近所の神社に、お参りにいってくれていたようです。うれしかったです。息子がいなくなってしまった今も、自宅に来ると、息子のためにいっぱいのお菓子を持ってきてくれたり、息子の写真や骨壷を置いてある空間のところに行き「〇〇くん、お菓子持ってきたよ」なんて声をかけてくれて、今も息子のことを気にかけてくれていることがないよりも嬉しいですし、支えられているなと実感します。
また、NICUに入院中は、電子機器を持ち込むことができなかったため、十分に息子の写真を残すことができませんでした。そのため、毎日息子の成長を絵日記にして残していました。1日1日の小さな息子の成長と、一生懸命に生きた証、かけがえのない時間を絵日記に残せたことは、私たち家族の大切な思い出、宝物です。
いつか息子に会える日を楽しみに、共に今を生きる
きっと息子は息子自身の幸せのために、私達夫婦の、もとへきてくれて、 息子のやりとげたかったことを、達成してお空にかえったのかな…と。亡くなって一年たった今、そういう思いになってきました。今息子が誇らしく、何の悔いもなくお空でのびのび待っててくれてたらいいな、って思います。いつか、会える日を楽しみに私も二人のお空の子供たちのために今を生きてます。
悲しみの中にいる天使ママ・天使パパへ
ひたすら 悲しみに浸る。共感してくれる人に思いを綴る、無理に感情を押さえずとことんお空の子を想い、沢山泣いていたのがよかったのかなと思いました。
無理に前を向かなくっていい。強くならないでいい。乗り越えなくってもいいですよ。だって自分の命よりも大事な赤ちゃんとのお別れは決して、乗り越えようのない深い深い悲しみです。泣きたいときは沢山泣いてください。きっと自分を責めることも0にはならないと思います。でも、赤ちゃんはママのお腹に大事にされて、一生分の愛情を両手いっぱいに抱えて、お空から見守ってます。いつでもママのそばで、ママが折れないようにそっと背中を押してくれてると思います。 だからとことん泣いて、時間がかかってもいいから、いつかママ自身を責めてしまうのは自然に無くなってほしいてます。 それはきっと赤ちゃんも自分を責め続けてるママをみてるのは何よりも悲しいと思うから…でもゆっくりでいいですよ。 私達天使ママはその苦しみをしっています。 絶望をしっています。 そしてどれだけ天使ママがお空の子を愛しているのかも… きっと届いてます。どんなママも、お空の赤ちゃんは大好きです。 無理せずゆっくりゆっくり ただ生きていきましょう。 それだけで充分です。